「2017年は、毎週テレビ中継に映ることが目標です」藤田光里

CALLAWAY STAFF PLAYER HIKARI FUJITA
スタッフプレーヤーインタビュー 藤田光里

ホップ・ステップ・ジャンプとは言うが、物事がそうスムーズに運ぶことは稀だ。2016年は “踏みきり”の1年だったと捉え、藤田光里は2017年こそ大きな跳躍を成し遂げる。

藤田光里インタビュー

 藤田光里の2016年は、まるで1年遅れでやってきた「2年目のジンクス」のようなものだったのだろうか。
「つらかったですね。1年間がとても早かったです。プロになる前も含めて、こんなふうにずっと低迷したシーズンは初めてでした。でも逆に、早めにこういう時期が来て、良かったのかなとも思いますね」
 ツアーに初めてフル参戦した2014年、しっかりと賞金シードをものにし、2年目には初優勝を達成。2016年も、「2勝目。もし勝てなくても賞金ランキング25位以内で最終戦のLPGAツアーチャンピオンシップリコーカップ出場」という目標を掲げ、順調にその階段を駆け上がっていくものと思われた。
だが、現実は違った。開幕から2戦連続で決勝ラウンドに進めず、5月には早くも予選落ちの回数が前年の6回に並んでしまった。一方でトップ10入りは、ヨネックスレディスゴルフトーナメント単独3位などもあったものの、思うように積み重ねていくことができない(最終的に計3回)。
「最初のつまずきも大きかったですし、本当に調子が良かった試合が少なくて。いままでこんなに悩んだことは、初めてでした。毎週毎週、違うことを考えながらプレーをしていて、うまくいかずに踏んだり蹴ったりという感じで。もちろん、気持ちは強く持っていたのですが、開幕する前から不安ばかりだったんです」
 影を落としたのは、得意と公言しているドライバーだった。
「基本的に、すべてのクラブでドローを打ちたいのですが、ドライバーがどうしてもスライスして、それをなんとか自分でドローにしようとしているうちに、そのスイングが定着してしまって。他のクラブは全部、きれいにドローしていたのですが、ドライバーの打ち方で打つからタイミングも合わず、逆に全部、スライスするようになってしまったんです」
 問題を、自分ではなくクラブで解決しようと調整を進め、ようやくすべてのセッティングが固まったときには、もうカレンダーは7月を示していた。

藤田光里インタビュー
「もっと早くできたんじゃないかと、後悔ばかりしていました。判断が遅かったですね」
 その後も、なかなか思うように調子は上がっていかなかった。気づけばもう、2017年のシード権が気になる季節になっていた。
「シードのプレッシャーは、残り10試合を切ったあたり、とくに残り5、6試合のころが、いちばんすごかったですね。練習ラウンドやプロアマを経て、自分のなかでは、今週こそ行けると思っても、試合になると力が入るのか、初日に崩れて2日目に取り返せないという繰り返しでした」

良くないシーズンだったからこそ、逆に強くなれた

 争いが佳境に入った終盤、残り2試合となるまでの6戦中、5戦で予選落ち。賞金ランク50位までのリストに名前はない。シード権確保に向けて、完全に黄色信号が灯った。
 しかし、ここで踏ん張れるのが、藤田光里の地力なのだろう。
「最後の2試合では、1年間、本当に無駄な時間を過ごしてしまったなという思いを持ちながら、開き直ることができました。最終戦の1つ前の伊藤園レディスゴルフトーナメントでは、2日目の途中でカットラインより下になりましたが、そこから盛り返せたのは、心のどこかで、シードを落としたら終わりだと強く思いながらプレーしていたからかなと」
 ハーフターン後の最初の4ホールで3つのバーディーを奪い、圏内に再浮上して決勝ラウンドに進出すると、最終日も1アンダーで回って26位タイ。土壇場で稼ぎ出した73万円は、彼女をふたたびシード権のボーダーライン内に押し上げた。
 自身の最終戦なった大王製紙エリエールレディスオープンでは、試合前にクラブを握るのもつらいほどの左ヒジ痛に見舞われたが、彼女はケガをもプラスに変えた。
「痛みもあったし、1年間いろいろあったので、緊張はまったくなくて、もうやるしかない、ぶっつけで出るしかないという感じでしたね」
藤田光里インタビュー
 シーズン前に立てた2016年の誓いが、最後までブレなかったことも効いた。
「優勝とリコー(LPGAツアーチャンピオンシップリコーカップ)に出るという目標は、いつも思っていて、最終戦でも、ここで優勝したらリコーに行けるんだなと思ってやっていました。実際、初日も5位タイでしたし」
 大逆転での最終戦進出こそならなかったが、4日間を戦い抜いて32位タイ。賞金ランキングは48位。どんなに本来のゴルフができなくても、最終的に賞金シードを3年連続で守り切ったことの意味は、相当に大きい。
「シードを取ってホッとしたというより、やっと1年間が終わった、この状況でよく完走したな、という感じでした。この1年で得たのは、我慢でしたね。逆にあまり良くないシーズンだったから得られたものだし、気持ちが強くなれたところもあったかなと思います。最後に、1年間我慢できて良かったなという終わり方ができました」
 当然、2017年は、この苦しかった経験からただでは起きないつもりだ。

藤田光里インタビュー
「目標は常に、優勝と、最終戦に行きたいという気持ちがあるんですが、2016年のことを考えると、簡単には言えないことだと思います。だから、常に15位以内や10位以内にいたいという思いがありますね。他のインタビューなどでも言っているのですが、毎週、テレビ中継に映りたいなと。テレビに映るということは、そういう順位にいるということですし、そうなれば、どこかで優勝できるチャンスもあるのかなと思います。そのためには、初日ですね。先ほども言ったように、初日に打ってしまって、2日目は予選のことを気にしながらのゴルフばかりだったので、初日にいい位置でスタートできるというようにしたい」
 大きく飛び上がるためには、一度、ヒザを曲げてしゃがみ込む必要がある。2016年がそういう年だったということを、2017年の藤田光里がきっと証明してくれるはずだ。

藤田光里
出身地:北海道札幌市
生年月日:1994年9月26日


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